天皇弥栄(すめらぎ いやさか)  慶應義塾大学講師 竹田 恒泰
第9回 陵墓の調査は慎重に

■応神天皇御陵への立入許可
 平成二十三年二月二十四日、学術研究のために応神天皇御陵への立入調査が行われた。これは、日本考古学協会など考古・歴史十六学会の求めに応じて許可されたものである。だが、立入調査といっても、墳丘への立ち入りが許可されたわけではない。墳丘を巡る内堀までの立ち入りであり、採取や発掘などは許可されず、一周徒歩で観察するのみとされた。しかし、外堀より内側に学術調査の許可が出たのは、天皇陵ではこれが史上最初である。
 現在の天皇陛下は第一二五代でいらっしゃる。つまり、初代から先代まで一二四の御陵があることを意味する。天皇・皇后・皇太后のお墓を「御陵」、その他の皇族のお墓を「御墓」、両方をまとめて「陵墓」という。宮内庁が管理する陵墓の数は、全国で八九六にのぼる。なかでも、ヤマト王権の成立の謎を握る巨大前方後円墳のほとんどは、宮内庁の管理下にある。

■平成十七年の内規見直し
 しかし、平成に入ると宮内庁が墳丘の裾を補修する工事をするようになり、学会の要望で、その際に工事個所を公開するようになった。これにより、学者が古墳の一段目のテラスまで立ち入る事例もあり、内規と実態を合わせるため、平成十七年に内規を「墳丘最下段のテラス部分までは立ち入りを認める」と改めた。学会は内規に基づき、いくつかの陵墓への立入調査の許可を求め、これまで皇后陵などへの立ち入りが行われたが、天皇陵への許可が下りたのは応神天皇陵が初めてとなった。
 学者たちは、しきりに天皇陵の墳丘上部への立ち入りを求めていくつもりのようだが、宮内庁はこれを今後も許可をすることはないという。宮内庁は古墳一段目のテラスより上の部分を、犯すべからざる聖域と考えているようだ。

■天皇の御存在はモノづくりの励みに
 宮内庁がこれまで調査を許可してこなかったのは、陵墓の「静安と尊厳の保持」する目的があるという。一方、陵墓の調査を進めて前方後円墳の考古学研究の道を開き、古墳時代の歴史に新たな科学的見識を加えるべきだとの根強い学会の主張もある。
 たしかに、古墳時代の歴史には謎が多く、歴史に興味がある人にとって、ヤマト王権成立時の謎に迫りたい気持ちは分かる。学会側は世界最大の墓とされる仁徳天皇陵など、十ケ所の陵墓の調査の許可を宮内庁に求めてきた。調査によって、それぞれの古墳が造営された時期などがより詳細に判明する可能性があるからだ。
 ところが、それがなし崩し的になって御陵の静謐を冒すことになれば、それは度を越しているといわざるを得ない。陵墓は皇室にとって大切な先祖の「お墓」であることを忘れてはいけない。墓を大切にすることで家が栄えると考えるのは、日本人の自然な発想である。いくら学術調査とはいえ、墓を掘り返すようなことがあれば、家の繁栄は傷つけられると考えるべきだろう。発掘は破壊と等しい。民間でも墓を調査するというのは気分のよいものではないはずである。

■御陵を大切になさる陛下のお姿
 エジプトのピラミッドや中国の兵馬俑などの王の墓のように、天皇陵をも発掘の対象にすべきだとの意見もある。しかし、エジプトや中国の場合は既に滅亡した王朝の墓だが、天皇陵は現存する王朝が守るもので、祭祀の場でもあるから、全く背景が異なる。日本は王朝の交替を経験したことがなく、現在の天皇陛下は、歴代天皇の血の継承者でいらっしゃる。
 まして発掘までもが許される事態となれば、御陵の尊厳は完全に損ねられる。御陵の調査については慎重であるべきだと私は思う。歴代の天皇が、陵墓をいかに大切にされたか、特に昭和天皇と今上天皇が、陵墓を大切になさるお姿を拝すると、「調査を行うべき」とは、軽率にいえない。