天皇弥栄(すめらぎ いやさか)  慶應義塾大学講師 竹田 恒泰
第8回 天皇と日本のモノづくり

■御召列車の運行と鉄道技術
 日本は「モノづくりの国」といわれる。これは、日本人の気質だけでなく、日本が悠久の平和を歩んできたため、日本人がモノづくりに専念することができたこと、そして何よりも、日本人が天皇を仰いできたからではなかったか。
 たとえば、日本の鉄道技術は世界の最先端を走っているといわれるが、これは天皇のお乗りになる御お 召めし列車を五秒刻みで運行させる必要性から積み上げられたものである。しかし、秒刻みで鉄道を正確に運行しているのは世界で日本しかない。
 御召列車の運行には、@御召列車と並走する列車があってはいけない、A御召列車を追い抜く列車があってはいけない、B高架で御召列車の上を通過する列車があってはいけない、という御召列車三原則があり、古くから厳格に適用されてきた。
 きつい運行ダイヤを縫うようにして設定された御召列車の運行スケジュールを消化するには、秒刻みの正確さが求められる。御召列車の存在が日本の鉄道の正確な運行と、鉄道技術の発展に大きな影響を及ぼしたことは間違いない。

■技術の伝承を支えた式年遷宮
 伊勢の神宮の式年遷宮も、日本の技術を守るための重要な役割を果たしてきた。式年遷宮とは、二十年に一度、新宮をお建て替えして大御神にお遷りを願う祭典で、持統天皇の御代に第一回が行われて以来千三百年の伝統がある。平成二十五年に第六十二回式年遷宮が行われる予定になっている。
 式年遷宮では、御ご 正しょう宮ぐうのお建物を全てお建て替えするだけでなく、七一四種、一五七六点にも及ぶ御おん装しょう束ぞく神しん宝ぽうが新たに作られる。装束は社殿内を飾るための布帛類や、神様の衣装などで、神宝は神様がお使いになるお道具や調度品で、武具・紡績具・楽器・文具・日常具などがあり、これらは、その時代の最高の技術を有する美術工芸家が調製されることになっている。そして、式年遷宮が滞りなく続けられてきた結果、古代の職人の建築技術や工芸技術などを二千年越しで、今日まで連綿と継承してくることができたのである。

■天皇の御存在はモノづくりの励みに
 そして、日本全国には、いつか天皇陛下に献上することを夢見て、日夜モノづくりに励んでいる人たちがいる。たとえば、県知事を通じて献上される農作物などは、農業生産者の生産意欲をどれだけ高める効果を発揮してきたか、想像に難くない。このように、天皇を仰ぐことによって、日本のモノづくりは悠久の歴史のなかで、確実に積み上げられてきたのではないか。
 ただし、拝金的な個人主義が横行する現代日本の姿を見ていると、果たして五十年後の日本が、これまでのように、世界の人々に愛されるモノづくりをする気質を保っていられるか、不安に思うことがある。今一度、モノづくりに対する日本人の気質を見つめ直すべき時期がきているのではないか。

■モノづくりと日本の未来
 大東亜戦争で国土が焦土と化したにもかかわらず、異邦人に人類史の奇跡とまでいわしめるほどの戦後の復興を遂げ、現在日本は世界有数の経済大国の地位にある。確かに、中国をはじめとする新興国が経済力を伸ばすなか、日本の将来を憂う向きもあろう。しかし、いつの時代にもモノづくりは存在し、技術革新に終わりはない。しかも、日本の伝統が最先端の技術に活かされる場面も多く、今後日本が担うべき課題に際限はない。
 今、たとえばアメリカから買い付ける価値のある工業製品といえば、筆者にはiPadくらいしか思いつかないが、今後日本の企業は、世界中に愛される製品を次々に世に送り出していくことだろう。日本人がモノづくりに対する気質を保ち続けていれば、日本の行く末には前途洋洋たる未来が開けている。